フランス・バロックオペラの創造

 フィレンツェのカメラータによってオペラが誕生して以来、バロック期を通じてオペラの発展はイタリアを中心として展開していきましたが、唯一イタリアとは異なった独自の様式を創り出した国はフランスでした。このフランス・バロックオペラの創出に大きな役割を果たした作曲家が、ジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste Lully 1632〜1687)です。
 このリュリ自身は、イタリアのフィレンツェに生まれたイタリア人だったのですが、1646年にギーズ大公妃の召使としてフランスに移住し、そこでフランス王ルイ14世に音楽的才能を気に入られたことにより、宮廷音楽家としてフランスに帰化した人物です。

 当時のフランス宮廷の楽しみは「バレ・ド・クール(宮廷バレ)」と呼ばれる舞踏でした。ルイ14世自身もバレを踊り、そのレパートリーに<夜のバレ>の太陽の役があったのですが、それがルイ14世の「太陽王」のあだ名の由来ともなっています。リュリは、この<夜のバレ>の作曲にも加わり、また、王とともに踊りにも参加をすることで、王のお気に入りの作曲家となったのです。
 このルイ14世の宮廷において、リュリは一人の劇作家に引き合わされます。この人物がモリエール(1622〜1673)です。モリエールとリュリは、喜劇の幕間にバレを挿入した「コメディ・バレ」を生み出し、フランス宮廷における新たな一大スペクタクルとして仕立て上げました。代表作には<町人貴族>があります。

 このようなフランス宮廷にイタリアのオペラが紹介されたのは、ルイ14世による親政以前に宰相のマザランがイタリアのオペラ一座を招聘したことが最初です。それ以降もフランスではバレが主流であったのですが、1673年に王がバレを踊るのをやめた時に、その状況が一変します。これ以降、バレ・ド・クール、コメディ・バレは廃れていきますが、代わってオペラが積極的に創作されるようになったのです。
 モリエールと決別していたリュリは、劇作家キノー(1635〜1688)の台本をもとに、フランス語独特の柔らかな語感をいかしたエールとレシタティフ(イタリア・オペラのアリアとレチタティーヴォに相当しますが、それらほど明確に区別されるものではありません。)を駆使し、またフランス伝統のバレも取り入れながら「叙情悲劇」と呼ばれるフランス独自のオペラを創造しました。代表作<アティス>において聴かれる陰影豊かで繊細な音楽は、イタリアのオペラとはまた違った味わいがあって魅力的です。
  
【参考音源】
○リュリ「コメディ・バレ名場面」
  指揮:ミンコフスキ
  演奏:ルーブル音楽隊

「町人貴族」を始めとするコメディ・バレの聴き所が集められています。フランスの古楽団体の鮮やかな演奏によって、めったに聴くことができない曲の数々を楽しむことができます。

○リュリ「叙情悲劇『アティス』」
  指揮:クリスティ
  演奏:レザール・フロリサン

バロック・オペラ復興の先駆的な録音ですが、今もって新鮮な魅力に溢れている名演奏です。全曲版はCD3枚にも及ぶ長大なものなので、ここでは抜粋版を紹介しました。まずは、フランス・バロックオペラの雰囲気を抜粋版で味わっていただけたらと思います。それにしてもオペラはやっぱり歌詞が分からないとちょっと辛いものがあるので、国内盤が出てくれないかなあといつも思ってしまいます。
posted by バニラ at 01:03 | TrackBack(1) | バロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

■人物 ルイ14世
Excerpt: ルイ14世 (1638年9月5日 - 1715年9月1日、在位:1643年 - 1715年) ブルボン朝第3代のフランス王。ルイ13世の長子。妻はスペイン王フェリペ4世の娘マリー・テレーズ。 ..
Weblog: 秘密の花園
Tracked: 2008-10-08 19:09
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。