【重要作品】ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

ドビュッシーによる印象主義音楽の初期の傑作である<牧神の午後への前奏曲>は、交流があった象徴派の詩人マラルメの詩「牧神の午後」に触発されて1892年から94年にかけて作曲されました。「ある夏の昼下がり、まどろみから覚めた半人半獣の牧神は笛を吹く。いまだ夢うつつの牧神は、泉の周りで水浴びをするニンフたちを見つけると、彼女たちを追いかけ回して恍惚とした気分になる。やがてニンフたちの幻影は消え去り、疲れた牧神は再び草むらにまどろみはじめる・・・」

冒頭にフルートの独奏によって提示される旋律は<牧神の午後への前奏曲>の全体で用いられる主題には違いありません。しかしながら、この主題は少しずつ変化しながら曲中に繰り返し現れはするものの、従来のソナタ形式のようにこの主題が論理的に展開することにより曲が構成されるということはなく、古典的な形式感は緩やかに解体されてしまっています。その代り、この主題は再現されるたびに、繊細かつ色彩的な管弦楽法により異なる和声を施されて表現されます。主題はあたかもオーケストラによって描かれる和声という音の色彩の変化を保証するための素材として扱われているかのようであり、これはすなわち、色彩感をもたらす和声の変化そのものが曲の構成原理となっていることを示しています。
逆の言い方をすれば、これまで古典的なソナタ形式などにおいては論理的な展開を保証していた和声が、その束縛から逃れることによって本来の色彩を取り戻したということかもしれません。それはあたかも印象派の画家たちが、対象物の輪郭を取り払うことによって、目の奥に飛び込んでくる光の眩さを表現しうることになったのと似ているように思います。

形式の解体、それに関わる楽曲の構成要素としての和声による色彩感の表現、こうした戦略によってドビュッシーは近代音楽の扉を開いたのであり、それが最も分かりやすい形で表現されているのが<牧神の午後への前奏曲>なのです。

【参考音源】

私のファーストチョイスは、ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管弦楽団による演奏です。近年の演奏技術の水準と比較すれば若干アンサンブルの精度は甘くはありますが、眩いばかりに燦然と明るい音色、エスプリとしか言いようのない感覚美に溢れており、管弦楽によって描き出された印象派絵画と形容するのに相応しい名演奏です。



セカンドチョイスにはシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団によるものを挙げます。「フランスのオーケストラよりもフランス的」と言われたデュトワとモントリオール交響楽団のコンビですが、マルティノンに比べると音色の彩度は少し淡く抑えられているように感じられます。その分繊細な味わいがあり、かえって<牧神の午後への前奏曲>独特の夢想的な雰囲気に相応しいという判断もあり得るかと思います。
posted by バニラ at 21:35 | TrackBack(0) | 重要作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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