楽劇の誕生

ヴェーゼンドンク夫妻の元にようやく落ち着くことで、「ニーベルングの指輪」四部作の創作に取り掛かったはずのワーグナーですが、その妻のマティルデ・ヴェーゼンドンクとの不義が明るみに出たことで、ヴェーゼンドンク家を去らざるを得なくなります。そこに救いの手を差し伸べたのが、かねてからワーグナーの芸術に深く関心を寄せていたバイエルン国王ルートヴィヒ二世です。バイエルン国王からの招聘を受け、経済的な安定を得たワーグナーは、自らの芸術の理想とする音楽の総合芸術化、すなわち「楽劇」の創作に邁進していくことになります。

従来の歌劇ではレチタティーヴォとアリアが順番に歌われ、アリアが一曲歌い終えられるたびに音楽の流れは一旦終止するのに対し、ワーグナーの楽劇はレチタティーヴォとアリアの区別なく、一幕全体が終始することなく滔々と流れる一つの曲となっています。これにより、アリアごとに聴衆の拍手によって音楽の流れが分断されることなく、一幕全体が有機的に統合されたひとつのドラマとなったのです。
ワーグナー自身の初期作品も含め、これまでの「歌劇(オペラ)」もまた音楽と舞台芸術が結びついた複合芸術ではあったのですが、ワーグナーは歌劇の枠組みを超えて、より緊密な諸芸術の結びつきを実現したものとして、自らの芸術に新たに「楽劇(ムジークドラマ)」という呼称を与えたのです。
北欧神話を題材とし上演に4夜を要する畢生の大作「ニーベルングの指輪」四部作を構成する<楽劇「ラインの黄金」>、<楽劇「ワルキューレ」>、<楽劇「ジークフリート」>、<楽劇「神々の黄昏」>、そしてこの指輪四部作と相前後して生み出された<楽劇「トリスタンとイゾルデ」>と<楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」>、これらの作品を聴いてみると、物語の劇的な展開を、ワーグナー独自の管弦楽法から紡ぎだされた音楽が途切れることなく支えることにより、従来の歌劇では体験することができなかった圧倒的な感銘を受けることになるのです。

ところでワーグナーは自らの作品の上演について、演出や舞台装置までも理想的な状況下で監督するため、自分自身の劇場を持つことを夢見ていましたが、それをバイロイト祝祭劇場として実現させてしまうあたり、並みの芸術家ではありません。ワーグナー最後の作品となった<舞台神聖祝祭劇「パルジファル」>は、この劇場以外での上演をワーグナーが禁じることになるため、「パルジファル」を観るためにはバイロイトまで足を運ぶ必要があったのです。「バイロイト詣で」という言葉にも表れているように、ワーグナー作品から受ける得体のしれない感動は、もはや疑似的な宗教体験と言える程のものであり、この圧倒的な求心力によって、ワーグナーは同時代の作曲家に対してのみならず近代に至るまで絶大な影響力を及ぼすことになるのです。
posted by バニラ at 21:04 | TrackBack(0) | ロマン派 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。