マーラーの創作とロマン派交響曲の終焉

19世紀末から20世紀初頭にかけての時代は、世紀末の退廃的な感覚と新世紀への漠たる期待がないまぜになった時代でした。ヨーロッパの芸術の潮流は、フランスのアール・ヌーヴォーやドイツのユーゲント・シュティルに代表される、装飾的・象徴的なものへと変質していきます。そしてまた、西欧列強による植民地獲得競争が激化するなか、現実の危機として戦争の足音が忍び寄る不安の時代でもありました。
こうした政情の不安定さから生まれる厭世的な気分と同時代の芸術思潮を最も反映した作風を示した作曲家が、グスタフ・マーラー(Gustav Mahler/1860〜1911)です。

ウィーン宮廷歌劇場の指揮者を務めるかたわら、夏季の休暇を利用して作曲を行ったマーラーですが、その創作の対象となった曲種は交響曲と歌曲に大きく偏っており、しかもその交響曲と歌曲が互いに照応し合っているところにマーラーの特質があります。
ロマン派の作曲家にとって、自己の精神の内奥と向き合うことが最も求められる歌曲が、最も外向的な性格を有する交響曲という曲種と結びつくことによって生み出されたマーラーの声楽付きの交響曲、すなわち、歌曲集<さすらう若人の歌>の旋律を用いて過ぎ去りゆく青春への憧憬とも言える<交響曲第1番>、永遠の生としての死をテーマとした<交響曲第2番>、大自然と愛を幻想的に歌う<交響曲第3番>、彼岸の世界への憧れを描き出した<交響曲第4番>、巨大なオーケストラと合唱団を用いて魂の救済を歌い上げた<交響曲第8番「千人の交響曲」>、そして李白や孟浩然ら唐の詩人の詩に寄せて人生の哀歓を歌う<交響曲「大地の歌」>、こうした声楽付き交響曲は、必然的にマーラーの精神世界が色濃く反映されたものとなりました。
また、これら声楽付きの交響曲にも見られるとおり、マーラーは常に死の観念と向き合って創作を行っていました。これは、自身が心臓に疾患を持っており、絶えず死を意識していたためかもしれません。こうした意識は、声楽を伴わない交響曲にも顕在化しており、葬送行進曲で始まる<交響曲第5番>、暗く厭世的な<交響曲第6番「悲劇的」>、夜曲と呼ばれる楽章を挟みながら躁鬱が激しく入れ替わる<交響曲第7番「夜の歌」>、そして最後の<交響曲第9番>においては生と死の相克ともいえる世界が描かれます。

世紀を跨いで発表されたマーラーの一連の作品において、これまでヨーロッパの芸術音楽の中心を担ってきたドイツ・オーストリアのロマン派の交響曲は、爛熟の果てについに黄昏時を迎えることとなるのです。
posted by バニラ at 22:42 | ロマン派 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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