【重要作品】マショー:ノートルダム・ミサ

14世紀フランスにおけるアルス・ノヴァを代表する作曲家がギョーム・ド・マショーであり、そのマショーの代表作が<ノートルダム・ミサ>です。ホケトゥスやイソリズムなど、アルス・ノヴァにより可能となった記譜法による繊細な表現が実現されていますが、完全協和音を中心としたハーモニーや二重導音終止など、和声的には中世の技法を残しており、この時代ならではの特徴を聴くことができます。

その一方で、このミサ曲は一人の作曲家がキリエからアニュス・デイまでのミサ通常文を通作した最初の事例であること、さらには、そもそも教会大分裂などにより著しく教会の権威が失墜していた14世紀にあっては、ミサ曲そのものが稀であるといった点において、音楽史上の特異な位置を占める作品でもあります。そうした作品だけに様々な古楽演奏団体が録音を残しており、中世の音楽としては珍しく聴き比べを楽しむことも可能です。
ちなみに「ノートルダム」とは聖母マリアのことですので、このミサは聖母マリアにちなんだ祝日の典礼に用いられるものです。そのため、各種録音においてもミサ固有文はグレゴリオ聖歌を歌うことで、典礼全体の再現を試みているものも複数あります。

【参考音源】

カウンターテノールのドミニク・ジェラールが主宰するアンサンブル・ジル・バンショワによる録音が、私にとっての絶対的ファーストチョイスです。柔らかな発声と完璧に溶け合うハーモニーはまるで純白のシルクのヴェールのようであり、アルス・ノヴァで初めて実現した繊細なリズムの扱いは精巧なガラス細工のようでもあります。聖母マリア被昇天祭のミサ全体を再現していますが、固有文のグレゴリオ聖歌とマショーが作曲したミサ通常文との対比も極めて効果的に表現されています。



セカンドチョイスには、超個性派声楽団体のアンサンブル・オルガヌムによるものを推したいと思います。地声による唸り声のような発声は、アンサンブル・ジル・バンショワの洗練とは真逆の表現であり、まるでお坊さんの読経のようでもあります。不協和音のぶつかり合いもあえて強調しているようであり、不思議な迫力でもって絶えず聴き手の耳を刺激し続けてくる演奏です。こちらもアンサンブル・ジル・バンショワの録音と同様に、ミサ固有文をグレゴリオ聖歌で補うことにより、典礼全体の再現を試みています。

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【重要作品】ジョスカン・デプレ:ミサ・パンジェ・リングァ

フランスの「アルス・ノヴァ」に基づく高度な作曲技法、イタリアの「トレチェント」の音楽に見られる優雅な旋律美、そしてイギリスからもたらされた甘美な3度の和声の響き、これらをギョーム・デュファイが統合することにより誕生したルネサンスの音楽は、ヨハネス・オケゲムを経て、盛期ルネサンスにおけるフランドル地方出身の作曲家たち(フランドル楽派)に引き継がれます。
ハインリヒ・イザーク、ピエール・ド・ラリュー、ヤーコプ・オブレヒトといった並居る盛期ルネサンスの作曲家の一群の中で、最も高く評価された作曲家がジョスカン・デプレであり、そしてそのジョスカン・デプレの最高傑作が、彼の晩年に作曲された<ミサ・パンジェ・リングァ>です。

このミサ曲は、キリエからアニュス・デイの各楽章においてグレゴリオ聖歌<パンジェ・リングァ(舌よ、歌え)>が定旋律として用いられており、いわゆる「循環ミサ」の典型的な例となっています。グレゴリオ聖歌<パンジェ・リングァ>の旋律が、様々に加工・分割されることにより、ミサ曲の旋律素材となり、さらにそれが「通模倣様式」によって4声部に順番に受け渡されていくことで曲全体が精緻に、そして堅固に構成されているのです。
この「循環ミサ」そして「通模倣様式」は、盛期ルネサンスにおける最も特徴的な作曲技法ですが、緻密に計算されていながら、聴き手には何らその複雑さを感じさせないところに、ジョスカン・デプレの作曲技法の素晴らしさがあるのです。
ジョスカン・デプレの音楽はフランドル楽派の作曲家たちに影響を与えることとなり、そしてまたフランドル楽派の作曲家たちがヨーロッパ各地の宮廷や教会で活躍することによって、ジョスカン流の音楽がヨーロッパ音楽全体の共通語法となっていったのです。

【参考音源】

私のファーストチョイスは、ピーター・フィリップスが主宰するイギリスの声楽アンサンブルであるタリス・スコラーズによるものです。少し古い録音にはなりましたが、当時はまだあまり一般的には聴かれることの少なかったルネサンス期の無伴奏宗教曲の美しさを世に知らしめた名盤であり、この録音によって古楽ファンになった方も多いのではないかと思います。パート間の同質性が保たれた良く溶け合うクリアな発声と、宗教曲に相応しい静謐さを湛えた音楽の抑揚、そして通模倣様式による音の綾が美しく浮かび上がる精巧なアンサンブルにより、ジョスカン・デプレの代表作の理想的な再現がなされています。アマチュア合唱団がルネサンス合唱曲を歌う際のお手本としてもお勧めです。



セカンドチョイスには、タリス・スコラーズとは対極的な演奏として、アンサンブル・クレマン・ジャヌカンとアンサンブル・オルガヌムのジョイントによる録音を挙げます。どちらも個性的な声楽アンサンブルとして知られる団体であり、それぞれに特徴的な声の持ち主からなるため、その声の重ね合わせが変わるたびにハーモニーの色合いが変化する点は、同質性を旨とするタリス・スコラーズとは大きく異なっています。特にカウンターテノールのドミニク・ヴィスとジェラール・レーヌの二人については、官能性まで感じさせるほどの艶やかな歌い回しを披露しており、宗教曲としての違和感はありつつも圧倒されます。

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【重要作品】シュッツ:ムジカーリッシュ・エクセークヴィエン

イタリアのモンテヴェルディ(1567〜1643)やフレスコバルディ(1583〜1643)、オランダのスウェーリンク(1562〜1621)と並ぶ初期バロックの大作曲家がハインリヒ・シュッツ(1585〜1672)です。特にこのシュッツの重要性は、盟友のヘルマン・シャインやザミュエル・シャイトらとともに、これまでイタリアやフランスと比べて遅れをとっていたドイツの音楽文化の水準を、一気に両国に比肩するまでに引き上げたことにあるといえます。このシュッツの代表作の一つが<ムジカーリッシュ・エクセークヴィエン(音楽の葬儀)>(1636年出版)です。

この<ムジカーリッシュ・エクセークヴィエン>は、ハインリヒ・ポストフームス・フォン・ロイス公なる貴族が、自分自身の葬儀のために依頼したことを契機に作曲されたものであり、いわゆる「レクイエム」ということになります。ただし、テキストはラテン語ではなくドイツ語によっています。
全体は3部からなり、その大半を占める第1部は、ソリスト達の重唱による聖書からの引用句と合唱によるコラールによって交互に歌い進められていきます。それに対して第2部と第3部は二重合唱によるモテット風の楽曲が置かれています。

貴族からの依頼とはいえ、まったく華美な音楽ではありません。シュッツが生きた時代のドイツは、カトリックとプロテスタントの対立に端を発して始まったドイツ国内の宗教戦争に、他国が干渉することによって引き起こされた、いわゆる「三十年戦争」(1618〜1648)のただ中にありました。イタリア留学中にはジョヴァンニ・ガブリエリに師事し、華麗な複合奏様式も身に着けていたであろうシュッツですが、戦費調達のために宮廷楽団の活動も停止せざるを得ない困難な時代を反映しているためか、その音楽の伴奏は通奏低音のみという簡素なものです。しかし、それにもかかわらず、いや、そうだからこそ、虚飾を排した切々たる調べの中に、魂の平安を願う訴えの強さが際立った音楽となっているのです。シュッツという、この時代のドイツを代表する作曲家を知るのに最もふさわしい音楽といえるでしょう。

(参考音源)

私のファーストチョイスは、従来から定評のあるフィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャペル・ロワイヤルによるものを挙げます。「レクイエム」などのシリアスな楽曲に特に持ち味を発揮するヘレヴェッヘですが、このシュッツにおいても万全の出来栄えを示しています。淡々と進められる中に哀惜の念がにじみ、凄みさえ感じさせてくれる演奏となっています。



セカンドチョイスには、シギスヴァルト・クイケン指揮ラ・プティット・バンドによるものを選びます。ヘレヴェッヘの演奏が「先ごろ亡くなった近しい人を悼む」という感じに対して、クイケンの演奏は「昔に亡くなったなつかしい人を偲ぶ」という感じであり、その分、音色もほんのり暖かな感じがします。セカンドチョイスということにはしましたが、それぞれに良さがあり、甲乙つけがたい、というのが本音です。

posted by バニラ at 16:02 | 重要作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【重要作品】ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」

ジュゼッペ・トレッリの試みにより創始されたソロ・コンチェルトは、独奏者の名技性を最大限に活用するべく、従来の教会コンチェルトや室内コンチェルトとは異なった「急−緩−急」の三楽章形式を備えていた点においても新機軸を打ち出したものでした。後世の協奏曲のほとんどがこの形式であることは周知のとおりですが、こうした新しい協奏曲の試みを、様式として標準化することに多大な貢献があった作曲家がアントニオ・ヴィヴァルディです。
かつて作曲家のダラピッコラは「ヴィヴァルディは600曲の協奏曲を書いたのではなく、1曲の協奏曲を600回書き換えたのだ」と言いました。そのような評価が今日なされることは無くなりましたが、ある程度は同じような感じの曲を量産したからこそ、それが様式として定着し、標準化につながったという面はあったのではないかと思います。いわゆるマンネリ化ですが、そのことを一番痛感していたのはヴィヴァルディ本人だったのではないでしょうか。そうしたマンネリの打破のための試みの一つが、春夏秋冬を描写した(もしかしたら自作の?)ソネットに即して作曲をするというものだったのではないかと私は考えています。こうして生まれたヴァイオリン協奏曲集「四季」が、「和声と創意の試み」という名前の曲集の一部であることも、このことを物語っているように思われるのです。
「四季」に代表されるように、自らの手によって新しく整えられた様式の中に、個性的な内容を盛り込んだことによって、ヴィヴァルディは大作曲家として音楽史に名を残すことになったのです。

【参考音源1】

私のファーストチョイスとしては、ピノック指揮イングリッシュ・コンソートが1981年に録音したもの。古楽器による演奏としては比較的初期の録音ですが、現代楽器で「四季」に親しんできた方でも抵抗なく聴くことができる、高いレベルで中庸を得た表現が秀逸で誰にでもお勧めできます。古楽器ならではの柔らかく澄んだ音色を活かしながら、これこそ「四季」という爽やかな音絵巻が展開されていきます。こってりと厚塗りされた油彩画ではなく、淡い色彩で巧みに風景を描写した水彩画という趣があり、特に「春」と「秋」は絶品です。


【参考音源2】

新世代の古楽演奏として一世を風靡した名盤を、セカンドチョイスにしました。濡れたように艶やかな美音から、あえて汚い音色まで古楽器の表現力を幅広く駆使することにより、きわどいまでに鮮やかなイタリアの指揮を描写していきます。ただし、ピノックたちの演奏に比べると、何回も繰り返し聴くには少し聴き疲れがするかも。この録音が登場して以降、「四季」はより一層過激な表現を競い合うための楽曲となっていったように思われます。


【参考音源3】

現代楽器によるイ・ムジチの録音は、音楽史的な観点からすると今日的にはもはや評価の対象にすらならなくなってしまった感があります。しかしながら、虚心坦懐に耳を傾けるのであれば、やはりその音楽のすばらしさ、美しさは何物にも替え難い魅力を有していると思います。全く即興を入れない演奏スタイルについても、評論家の宇野功芳氏が評した「混じり気のない四季」という言い方はあまり正確な物言いとは思えませんが、それはそれとして、揺るぎなく確立された一つのスタイルとして昇華されています。イ・ムジチの録音に関しては、初代のコンサートマスターであったアーヨがソロを務めた最初の録音が、バロック音楽の復興という演奏史の側面からは重要ではないかと思いますが、私が好きなのはカルミレッリのソロが美しい4回目の録音です。
posted by バニラ at 21:53 | TrackBack(0) | 重要作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【重要作品】J.S.バッハ:管弦楽組曲

ヨハン・セバスチャン・バッハが作曲した<管弦楽組曲>は、全部で4曲存在しており、それぞれに特徴のある「組曲」となっています。4曲のうちで最も伝統的な様式感を持った明朗な第1番、実質的にはフルート協奏曲とも言える程にフルートが活躍する荘重な第2番、3本のトランペットによる華麗な序曲と厳粛なエールとの対比が印象的な第3番、そして祝祭的で躍動的な娯楽性に富んだ第4番。いずれも曲の冒頭には、全体の3分の1近くを占める長大な序曲が置かれ、その後に5曲程度の舞曲を中心とした小品が続きます。これら4曲の作曲時期については、あまり正確には特定できていないのですが、ケーテン時代からライプチヒ時代初期ではないかと考えられています。

バロック音楽の特徴の一つが、国ごとの様式感を強く意識した点にあります。特に「組曲」は、ドイツ起源の「アルマンド」、フランス起源の「クーラント」、スペイン起源の「サラバンド」、イギリス起源の「ジーク」の4つの舞曲を対比的に聴かせる点で、その特徴を強く表しているといえます。
しかしながらバロックも後期に至り、バッハの時代になるとこうした従来の様式も形骸化していたようであり、バッハの管弦楽組曲においては、この舞曲の組み合わせを持つものは1曲もありません。むしろ、曲の冒頭に置かれた「緩−急−緩」からなる、リュリが創始した「フランス式序曲」に始まり、「ガヴォット」、「ブーレ」、「メヌエット」といったフランス発祥の新しい舞曲が多数採用されている点に、バッハの管弦楽組曲の特徴を見ることができます。これは、分化的先進地であったフランスの様式を積極的にバッハが取り入れようとしていたということの表れであり、この時代の文化的な関係性の反映という点でも興味深いものであると思われます。

バッハの管弦楽組曲は、ヘンデルの<水上の音楽>や<王宮の花火の音楽>などとともに、バロック時代の管弦楽組曲の掉尾を飾ることになりますが、これ以降、管弦楽による組曲という形式は、ソナタ形式の台頭に伴い、その役割の重要性を減じていくこととなるのです。

(参考音源)

私のファーストチョイスは、1979年録音のトレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンソートによるものです。ピリオド楽器によるものとしてはかなり初期の録音になりますが、序曲における「緩」と「急」のコントラストの鮮やかさ、そして活き活きとしたテンポで奏でられる舞曲の軽やかさは、今聴いても非常に新鮮です。素朴ながら柔らかい木綿の肌触りにもたとえられる音色の魅力もピリオド楽器ならではです。



セカンドチョイスには、現代楽器による演奏としてカール・ミュンヒンガー指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団によるものを挙げます。世評の高いものとしては、カール・リヒター指揮のものがありますが、ミュンヒンガーのものの方が大らかな雰囲気があり、私はこちらの方を好んでいます。全体にゆったりとしたテンポにのって、現代楽器ならではの艶やかな音色を活かしながら、いにしえの雅を偲ぶような風情が感じれる演奏です。

posted by バニラ at 22:06 | 重要作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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