音楽の起源

 音楽の起源――初めて人類が奏でた音楽――がどのようなものであったのかは詳らかにはなっていません。音楽史の分野だけでなく、文化人類学や考古学の分野においても様々な研究者が音楽の起源に関する考察を行っていますが、鳴り響いた音楽そのものが残っていない以上は、古代人が奏でていたであろう音楽がどのようなものであったのかは想像に頼るしかありません。ただ、古代においては、音楽が今日のように純粋な精神的楽しみとしての芸術との認識が希薄であった――まだ安定した生活が保障されていない時代に、芸術に費やす時間・労力をさける余裕は乏しい――と考えますと、音楽の実用的な機能から音楽の起源を推測することはできます。
 すなわち、雨乞いの呪文の詠唱や死者の弔いの歌などにおける呪術的・宗教的儀式のための機能、田植え歌や船漕ぎ歌などにおける労働促進のための機能、歌垣などにおける男女の求愛のための機能などが音楽の起源となっていったのではないか考えられるのです。このような機能のどれか一つが音楽の直接的な起源になったということではなく、古代においての人類の営みにおける精神文化の向上にともなって、これらが複合的に音楽という概念を形成していったのではないかと、私は考えています。
 また、古代の出土品などからは、狩に使う弓から弦楽器が、動物の角や骨から管楽器が、通信のために石や木片を叩くことから打楽器が作られていたことなど、楽器が使われていたことも推測されています。そしてエジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明、黄河文明のいわゆる四大文明を始めとする古代文明国が成立するころには、それぞれの文明において音楽文化がかなりの発展を遂げていました。
 こうした古代の音楽文化のうち、特に後世のヨーロッパの音楽文化と深い関係にあるものが、古代ユダヤの音楽と古代ギリシアの音楽ということになります。
posted by バニラ at 18:42 | TrackBack(0) | 古代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古代ユダヤの音楽

 ヨーロッパの音楽文化を考えるうえで、最も重要な要素の一つはキリスト教の存在ですが、そのキリスト教の成立の背景には古代のユダヤ教がありますので、初期キリスト教の典礼音楽には古代ユダヤの音楽の影響が様々な形で現れています。

 ユダヤ教は、モーセに率いられてエジプトを脱出したとする伝承を持っていたヘブライ人のユダ王国が新バビロニアに滅ぼされた際、多くの人々がバビロンに強制移住(バビロン捕囚、前586)させられるという民族的苦難を経ることで形成された宗教です。ヤハウェを唯一の創造神とし、ヘブライ人は神に選ばれた民族である、という選民思想を特徴としていますが、その後の苦難の歴史から救世主(メシア)の出現を期待する思想が生まれ、この思想がキリスト教の発生の契機ともなっています。

 ユダヤ教では、偶像崇拝を否定し精神的な祈りを捧げるために特に音楽を重視していましたが、そうした姿勢は初期キリスト教にも色濃く受け継がれています。また、一日のうちに何回か決められた時間に詩篇を朗誦することによって神に賛美を捧げるという古代ユダヤの伝統が、キリスト教の主要な典礼の一つである聖務日課の形式に受け継がれるなど、典礼の方法についてもその起源は古代ユダヤにまで遡ることができます。その詩篇の歌唱方法についても、先に歌う独唱者に対して斉唱が答える「応唱」と、二つの合唱隊が交互に歌う「交唱」、独唱者による朗唱である「直行唱」といった後のグレゴリオ聖歌の歌唱法も、元々は古代ユダヤの歌唱法によるものです。

 このように、古代ユダヤの音楽文化は初期キリスト教音楽の実践的な規範であったということができます。ただ、古代ユダヤの音楽の全てを初期キリスト教が受け継いだわけではありません。ダヴィデ王はハープを弾きながら詩を歌ったことが旧約聖書には記されていますが、初期キリスト教では楽器は異教的なものとして典礼から排除されたのでした。キリスト教の成立後、教会において楽器の使用が認められるまで千年近い時間が必要となったのでした。
 

【参考音源】
posted by バニラ at 22:11 | TrackBack(0) | 古代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古代ギリシアの音楽実践

 古代文明の芸術文化は、古代ギリシアにおいて最盛期を迎えることになりましたが、それは音楽に関しても同様でした。古代ギリシアの音楽に関してまず注目すべきは「ムーシケー」の概念です。語感から分かるように、音楽を表す英語のミュージックの語源にあたります。ただし、古代ギリシアのムーシケーは、詩と音楽と舞踊を包括的に表す概念でした。つまり、古代ギリシアにおいては、詩は歌われるものであり、歌は舞踊を伴う舞台芸術であったというわけです。

 紀元前8世紀の後半には、詩人ホメロスが二大叙事詩「イーリアス」と「オデュッセイア」を残しています。これらは非常に長い物語ですので、歌い手(語り手)は何日もかけて語り続けたようです。紀元前6世紀ごろからは、叙事詩だけでなく、個人の感情や心情などを歌い上げる抒情詩が盛んになってきます。有名な詩人としては、女流詩人のサッフォーがこのころの人です。これら抒情詩は独唱だけでなく、合唱隊によって歌われたと考えられています。

 紀元前5世紀には文化の中心はアテネに移り、いわゆるギリシア悲劇が最盛期を迎えます。ギリシア悲劇も作品の形態としては詩であり、仮面をつけた俳優と、舞踊を伴った合唱隊によって、円形の野外劇場において演じられました。合唱隊はコロスと呼ばれ、演じられた舞台はオルケストラと呼ばれましたが、これはそれぞれ、コーラスとオーケストラの語源となっています。有名な詩人としては、アイスキュロスソフォクレスエウリピデスの三大悲劇詩人があげられます。また、少し遅れて、アリストファネスらによるギリシア喜劇も盛んに上演されるようになりました。
posted by バニラ at 22:54 | TrackBack(0) | 古代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古代ギリシアの音楽哲学

 時代がさらに進むと、ギリシア悲劇は合唱隊の衰退に伴い音楽性が薄れてきます。ヘレニズム期には、実際の音楽活動よりもむしろ思想的、論理的考察が哲学者によってなされました。有名な人では三平方の定理で知られるピタゴラスがいます。

 ピタゴラス派の人たちは、万物の根源は数であると考えました。音楽に関係付けるのであれば、この人たちは、オクターブ、5度、4度の協和音を作り出す弦の長さの比がそれぞれ2対1、3対2、4対3の単純な数の比になっていることを知っていました。(ちなみに古代ギリシアでは、この弦の数比に基づいて、現在のドレミファソラシドの8音音階がすでに用いられていました。)このことが象徴するように、数は単なる計算の道具ではなく、万物の内奥に存在する根本的な原理である、というのが彼らの考え方です。逆に言えば音楽的な調和とは、単に音程関係だけを意味するのではなくて、突き詰めれば宇宙全体の秩序や調和までをも意味するということになります。
 これを天体のハルモニアと呼びますが、プラトンはさらにこの考え方に、人間の魂の調和という意味も付け加えました。だからこそプラトンは、精神的に調和のとれた教養ある人間の育成のために、「国家」において音楽教育の必要性を説いたというわけです。

 一方、現在の音楽の概念に近い考え方を示したのがアリストテレスです。アリストテレスは音楽の本質として、遊戯や休息に役立つもの、徳を形成するための教育手段となるもの、高尚な楽しみや知的教養に貢献するもの、の3つがあることをあげています。ここで注目すべきは、やはり3つ目の高尚な楽しみや知的教養に貢献するもの、という考え方でしょう。ここには音楽を芸術として認識する意識がすでに存在しているといえそうです。
 

【参考音源】
posted by バニラ at 00:30 | TrackBack(0) | 古代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古代の音楽観について

 これまで述べたように古代ギリシアの音楽理論や音楽観については、文献がかなり多く残されているため、知識としては得られるのですが、音楽そのものについては断片的な楽譜しか残されておらず、現在では復元がほとんど不可能となっています。
 しかしながら、ここで重要なことは、古代の人々にとって音楽とは、今日のように単に耳を楽しませるためだけのものではなく、世界の調和や物事の根本的な原理、人間の本質にまで思いを馳せるものであったということです。

 このような音楽の捉え方は、次の古代ローマの時代、そして中世ヨーロッパの音楽のあり方を規律するものとして伝えられていきました。たとえば、ボエティウス(480?〜524)は、古代ギリシアの音楽理論を中世に伝える役割を果たしたローマの音楽理論家ですが、ボエティウスは音楽を「ムシカ・ムンダーナ(宇宙の音楽、天体の運行の調和)」、「ムシカ・フマーナ(人間の音楽、肉体と魂の調和)」、「ムシカ・インストゥルメンタル(道具の音楽、音として聞くことができるもの)」として3つに分類しました。
 ここでは、今日的な意味での音楽に該当する「ムシカ・インストゥルメンタル」は、より高次であり人間の耳では聞くことができない「ムシカ・ムンダーナ」と「ムシカ・フマーナ」の模倣に過ぎないとされています。

 耳に聞こえる音楽のみが音楽であると捉えがちな我々現代人にとって、古代の人々が思い描いた音楽の姿を思い起こしてみることは、音楽の本質的な意味を理解するうえで重要な示唆を与えてくれているように思われます。
posted by バニラ at 00:47 | TrackBack(0) | 古代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。