オルガヌムにおける神学的思想の反映

 ノートルダム楽派の代表的作曲家であるペロティヌス作曲の4声のオルガヌムの代表的なものとしては<ヴィデルント・オムネス(地上の全ての国々は)>があげられます。同じリズムを積み重ねていくことにより無限に楽曲が構築されていくさまは実に幻想的で、さながらゴシックの大伽藍を仰ぎ見るような趣です。

 このようなノートルダム楽派によるオルガヌムで用いられているハーモニーは、主にオクターブ、5度及び4度といった完全協和音によるものです。3度の音が入らないことにより、空虚で無機的な音にも聞こえますが、「完全」協和音であることが神の完全性を表す神学的な意味を持っていたと考えられます。これは、ノートル・ダム楽派以前の初期オルガヌムにおいても同様です。また、モドゥス・リズムが3拍子系のリズムであることは、三位一体と関連付けられるものです。

 古代の人々は、音楽とは万物の本質的な原理であって世界を調律するものであると考えてきましたが、キリスト教世界において、その考え方が神学的な意味合いに姿を変えて受け継がれていたのです。
 定旋律に置かれたグレゴリオ聖歌は、長く引き伸ばされることにより、もはや聴き手にはそれがグレゴリオ聖歌であることは分からなくなってしまっていますが、神に捧げる音楽は、そもそも人に聴かれることを想定してはいなかったようです。人の耳にはグレゴリオ聖歌であることが分からなくても、それがグレゴリオ聖歌であるという事実のほうが重要であったのです。


【参考音源】
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アルス・アンティクヮの音楽

 ペロティヌス以降の13世紀後半には、オルガヌムはますます複雑なものとなっていきます。たとえば、定旋律ではラテン語によってグレゴリオ聖歌が歌われており、それを装飾する上声部もその注釈を歌詞(こちらもラテン語)にしているが、さらに別の声部においてはまったく関係の無い(場合によっては微妙に呼応しあっている)世俗的な内容を俗語で歌うといったようなものまで現れるようになりました。こうした曲はフランス語で「言葉」を表す(mot)からモテトゥスと呼ばれました。現代人の感覚からは理解しがたい聖と俗の混淆ですが、このような感覚こそ中世的であるとも言えるのかもしれません。
 なお、この13世紀後半の次の時代にあたる14世紀フランスの音楽を表す用語であるアルス・ノヴァ(新技法)に対し、このような13世紀の音楽のことを、アルス・アンティクヮ(古技法)と呼ぶことがあります。

 表現される歌詞内容だけでなく、リズムもさらに複雑化し、もはや6つのパターンしか持っていないモドゥス・リズムでは表現しきれなくなるといった状況に陥り、ある意味ではこの時期の音楽はとても混沌としたものとなっていきました。こうした混沌を脱してより洗練された音楽が求められたこと、そしてより合理的な楽譜の表現方法が求められたことにより、次に来る14世紀における音楽史の大きな飛躍がもたらされることとなったのです。


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アルス・ノヴァとフィリップ・ド・ヴィトリ

 ヨーロッパにおいて、14世紀は中世から次の時代への転換期にあたります。13世紀末までの200年に及ぶ十字軍の遠征は結果として失敗に終わったものの、文化的先進地である東方世界との接触によりヨーロッパの文化的な自覚を促し、また、都市間あるいは国家間の交易を活発化させ、ヨーロッパ世界に貨幣経済を浸透させることとなりました。
 従来の荘園経営を経済基盤とした封建領主、騎士階級は没落傾向となり、かわって裕福な町人が都市貴族として成り上がり、新たな文化の担い手となっていきます。こうした人々が国内の安定的な統治を求めたことから国王による世俗的な権力が強化され、その一方で、宗教面では十字軍の失敗はローマ法王の権威を失墜させ、フランス国王によるローマ法王のアヴィニヨン幽囚と、それに続く教会大分裂(シスマ)を引き起こします。
 教会の混乱を受けて宗教音楽は一時的に衰退し、変わって世俗歌曲が新興の都市貴族に愛好されるようになりました。宗教音楽において発展してきた多声音楽技法が世俗音楽にも取り入れられ、新たな発展を遂げていったというわけです。ちょうどこの時期、ひとつの画期的な音楽理論書が書かれることとなりました
 北フランス出身のフィリップ・ド・ヴィトリ(1291〜1361)は、「アルス・ノヴァ」という音楽理論書を著わしました。この書物は、新たな時代の芸術のあり方を示すといったものではなくて、この時代の新たな音楽についての技術的な理論書であったので、書名をあえて訳すのであれば「新芸術」というよりは「新技法」というべきものです。

 ここに論じられた内容とは、合理主義的な考えに基づくリズムの分割方法とその記譜法についてで、その概要としては、従来のリズムが一つの音価を3分割するものであったのに対して、2分割する方法も同等に扱えるようにするというものです。現代の言い方に置き換えれば、4分の2拍子、8分の6拍子、4分の3拍子、8分の9拍子が対等に存在しうるということになります。今日のリズム法、記譜法の基礎になったという点において重要な書物であるといえるでしょう。
 このような書物が書かれたということは、3拍子系のリズムに込められた神学的な意味(三位一体)を無視してまでも、人間の表現意欲が2拍子系のリズムを求めるようになったということであり、芸術が徐々に宗教的な束縛から解放されつつあったことを覗わせます。この書物に著わされた繊細な表現力を獲得した14世紀フランスの音楽は、この書物にちなんで「アルス・ノヴァの音楽」と呼ばれることとなりました。

 また、ヴィトリという人物は「フォーヴェル物語」という音楽物語の編纂にも関わっていると考えられています。この「フォーヴェル物語」は、絵入り・音楽入りの文芸作品ですが、その内容は虚栄と悪徳を象徴するロバを主人公とし、世の中の権力を痛烈に批判したものです。
このような時代の空気を伝える書物に関連して名前を残し、また新時代の到来をもたらした書物の作者でもあったヴィトリなる人物の、音楽史上の役割はもっとクローズアップされても良いように思われます。
 
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ギョーム・ド・マショーとノートルダム・ミサ

 フィリップ・ド・ヴィトリの著作名に由来する「アルス・ノヴァの音楽」の時代を代表する音楽家がギョーム・ド・マショー(Guillaume de Machaut 1300?〜1377)です。シャンパーニュ地方出身であったマショーは長くボヘミア王に外交官として仕え、晩年にはランス大聖堂の参事会員になった人物で、音楽だけでなく詩人としても名を残しています。詩人としては田園詩「真実の物語」が有名ですが、そこには10代の若き乙女ペロンネル・ダルマンティエールに対する老年のマショーの想いが綴られており、晩年に至るまでマショーが豊かな感性の持ち主であったことが分かります。マショーの創作の中心は、多声によるモテトゥスあるいはトルバドゥールの伝統を引き継ぐ世俗歌曲でしたが、こうした楽曲を「アルス・ノヴァ」の新しい表現方法により芸術的に洗練されたものへと高めていきました。

 また、それ以上に重要な作品が彼の唯一のミサ曲である<ノートルダム・ミサ>です。このミサ曲は一人の作曲家が、ミサ通常文(キリエ、グローリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイ)をまとめて通作した音楽史上初めての作品だからです。イソ・リズム(同一の旋律音形とリズム音形が異なった周期で繰り返されることにより、旋律が繰り返されるごとに異なったリズムとなる手法)や、ホケトゥス(2声部での旋律の受け渡しによる、しゃっくりのような音形)といった技巧の凝らされたこの曲は、アルス・ノヴァの繊細な多声音楽書法と中世的な絶対協和音の響きが交錯する極めて独特の魅力を持ったものとなっています。

 マショーは、これら自分の作品を全集として書物に纏めるということを行った点においても注目されます。「音楽作品を誰が作曲したか分かるようにして後世に残そうとした」という点において、作曲家とは無記名性を旨とする職人ではなく、後世に名前を伝えられるべき芸術家であるという自我が明確に認められるからです。
 マショーこそ、残された作品の充実度と芸術家としての意識の高さという点において、音楽史上最初の大作曲家であったと言えるでしょう。

ノートルダム・ミサの詳細についてはこちら
 

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アルス・スブティリオール

 ヴィトリやマショーらによってもたらされた14世紀フランスの「アルス・ノヴァ」の清新な気風も、世紀末になると退廃的な気分を帯びたものへと変わってゆきます。特に教会大分裂時代に、アヴィニョンの教皇庁を支持する君主たちの宮廷を中心として流行したフランス語の多声シャンソンは、極めて繊細かつ複雑なリズムと、濃密でけだるい雰囲気が特徴となっています。
 こうした14世紀末の音楽様式のことを「アルス・スブティリオール」と呼びますが、これは「より繊細な技法」というようなことを意味しています。

 この「アルス・スブティリオール」の最も重要な写本が「シャンティイ写本」と呼ばれる曲集です。一般的に知られる作曲家はいないものの、たとえば、ソラージュ作曲の三声ロンドー<くすぶった男が煙でくゆらせている>、ボード・コルディエ作曲の三声ロンドー<私はすべてコンパスで作られている>や<美しく、やさしく、賢く、楽しく、上品な人よ>、ジャクマン・ド・サンレーシュ作曲の三声ヴィルレ<調べ妙なるハープが>など、半音階技法が駆使されていたり、楽譜の五線がハート形だったりハープの形をしていたりと、この当時の前衛音楽の様相を呈しています。複雑なリズムは演奏自体もかなり難しく、現代の我々が聴いても前衛的と感じる曲もあります。

 これはこれで注目すべき芸術様式ですが、この退廃的な気分は中世の芸術の行き詰った姿のようにも思われます。この行き詰まり感を打ち破った作曲家たちこそが、ルネサンス最初期の作曲家たちであったといえるでしょう。
 

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posted by バニラ at 00:13 | TrackBack(0) | 中世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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