トレチェントのイタリア音楽

 フランスにおいて「アルス・ノヴァ」の高度な理論による音楽が確立する一方で、このころのイタリアでは、まだあまり多声音楽の書法が発達していませんでした。しかしながら、徐々にイタリアにおいても「アルス・ノヴァ」の影響により多声の世俗曲が作曲されるようになりました。もっとも、フランスのように複雑な作曲技法はあまり用いられませんでしたが、そのかわり旋律の美しさに重点が置かれて作曲がなされており、このあたりは歌の国イタリアらしいといえるかもしれません。

 こうしたイタリアのトレチェント(14世紀)で最も優れた音楽家がフランチェスコ・ランディーニ(Francesco Landini 1325?〜1397)です。この人は、幼少のころ天然痘により失明した、盲目のオルガニストとして知られる人です。ランディーニがオルガンを弾くと小鳥たちまでもが歌うのをやめて群がってくるほどであったという伝説が残っています。
ランディーニの多声歌曲では、<涙まなこにあふれ>や<春は来たりぬ>などが、名作として知られています。<涙まなこにあふれ>の優美な旋律美、<春は来たりぬ>の生き生きとしたリズムなど、いずれも後世のオペラに代表されるイタリア音楽の歌の魅力が、すでに14世紀の音楽においても息づいていたのが分かります。そして、こうしたランディーニに代表される14世紀のイタリア音楽には、人間の生きる喜びを率直に歌い上げたかのような音楽のあり様を聴くにつけ、早咲きのルネサンスとも言うべき魅力が備わっているようにも思われます。

【参考音源】
posted by バニラ at 10:21 | TrackBack(0) | 中世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中世イギリスの音楽

 中世末期の音楽史において、フランス・イタリアと並んで重要な役割を果たしたのがイギリスです。中世イギリスの音楽は、大陸の音楽とは一味違う先進的な響きを持っていました。具体的には、フランスが、オクターブ・5度・4度の絶対協和音による硬い響きを中心としていたのに対して、イギリスでは3度と6度の甘美で柔らかい響きを多用しているのが大きな特徴となっています。
 また輪唱技法も発達しており、そのような土壌から多声世俗音楽の最も古い例といわれているカノン<夏は来たりぬ>が生まれています。実のところ、この時代の英語の歌曲で現存するものは余り多くはないものの、チョーサーのカンタベリー物語にも登場する<天使は乙女に>などの注目すべき楽曲も残されています。

 こうしたイギリス音楽のまとめ役をはたしたのが、ジョン・ダンスタブル(John Dunstable 1390?〜1453?)という作曲家です。代表作としては、モテット<救い主の恵み深き御母>や<聖霊、来たり給え>、世俗歌曲の<ああ、うるわしのバラ>(偽作の可能性もあり)などがあります。

 百年戦争(イギリスとフランスの王位継承権争い。1338〜1453)の末期、フランス北部が一時イギリスの占領下に置かれていたころ、ダンスタブルは仕えていた主君についてフランスに渡っていました。
 ダンスタブルがイギリスから大陸に持ち込んだ3度・6度を中心とする柔らかい響きと、フランスの高度な作曲技法、イタリアの優美な旋律といった要素が融合されることにより、次の時代、すなわちルネサンスの音楽が生まれることになったのです。


【参考音源】
posted by バニラ at 02:03 | TrackBack(0) | 中世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。